大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和40年(ヨ)90号 決定

債権者 河原碩松

右代理人弁護士 原田香留夫

債務者 下蒲刈町

右代表者町長 五明金弥

債務者 西本藤登

右両名代理人弁護士 宗政美三

主文

本件申請はいずれもこれを却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一、申請の要旨

一、申請の趣旨

「債務者等の別紙目録記載の土地部分に対する占有を解き、債権者の委任する広島地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。債務者等は右土地部分上に町道建設工事を行い、又は他人をして右工事をさせてはならない。

との裁判を求める。

二、申請の理由

(一)  広島県安芸郡下蒲刈町下島字観音平八三九番地山林五町三畝六歩(以下本件山林という)は、申請外菅原市五郎の所有であるが、債権者は昭和三二年一月三一日同人との間に、債権者において本件山林内に存在する岩石を同年二月一日から同五二年一月三一日まで二〇年間に亘り、採石料一月金七、〇〇〇円で採堀する旨の契約を締結し、以来本件山林を右採石のため占有している。

(二)  債務者下蒲刈町は、住吉地区農道新設工事を計画し債務者西本藤登に請負わせて右工事を施工しているが債務者等は、同四〇年一月初頃、債権者の承諾もないのに、右工事のため数十名の人夫を使役して債権者が就労している本件山林内に侵入し、本件山林内にあった石材を他に除去したり或いはこれを窃取して右農道の護岸工事にあてたりして、右工事を強行し、別紙目録記載の土地部分(以下、本件土地部分という)上に幅員三米の右農道を建設し、債権者の本件土地部分に対する占有を妨害している。

(三)  ところで、債権者の採石業は、本件山林内にある岩石を火薬の発破により海浜(本件土地部分を含む)に落下させ、海浜においてこれを石材に調製し、集積のうえ運搬する方法によって行われていたものであるところ、債務者等の右農道建設のため、債権者は右採石業を行うことができなくなった。

(四)  よって債権者は債務者等に対し占有権に基く妨害排除請求の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その確定をまっては、回復しがたい損害を蒙るので本件申請に及ぶ。

第二、当裁判所の判断

本件における各疎明ならびに審尋の結果を総合すると、本件山林は申請外菅原市五郎の所有であるところ、採石を業とする債権者は、昭和三二年一月三一日同人との間に、債権者において本件山林内に存在する岩石を同三二年二月一日から同五二年一月三一日まで二〇年間に亘り採石料一月金七、〇〇〇円で採堀する旨の契約を締結し、更に同三七年一二月一〇日申請外花田富雄との間に、本件山林の上方にある同人所有の広島県安芸郡下蒲刈町下島字観音平八三八番地の一、山林六町三畝二八歩(以下、八三八番地の一の山林という)に存在する岩石を同三八年一二月末日まで採石料一年金八〇、〇〇〇円で採堀する旨の契約を締結し同三九年一月には右花田との採石契約を採石料一年金五〇、〇〇〇円と改訂したうえ、一年間のみ延長し、(右花田との間の採石契約は、同三九年末で期間満了により終了した同三九年末頃までは、主として八三八番地の一の山林から同四〇年二月初頃からは、本件山林から、岩石(花崗岩)を採堀してきたこと、債権者は、右採石の方法として、右両山林に埋蔵する岩石を火薬により発破し、右両山林の斜面を利用して右岩石を本件山林の下方にある海岸一帯(本件土地部分を含む)まで落下させ、右海岸上で砕石したうえ、舟積みしてこれを運搬する方法をとり、そのため本件土地部分を使用しこれを占有してきたこと、一方債務者下蒲刈町は、同町循環道路建設工事の一環として住吉地区農道新設工事を計画し、西本組こと債務者西本藤登に請負わせ、同三八年から同債務者において右工事に着工したこと右工事は、同町住吉地区と同町大地蔵地区とを通ずる幅員約三米の農道を建設しようとするものであり、本件土地部分は右農道貫通区域に該当すること、債務者西本藤登は同四〇年二月初頃債権者の承諾もないのに、本件山林内に立入り、本件山林に散在していた岩石を除去して本件土地部分に右農道を建設しはじめ、既に本件土地部分の内、別紙図面(イ)点から約九〇米の長さの部分に亘って右農道が建設されていること(但しその内大部分は舗装のみ未完成)がそれぞれ一応認められる。

従って右事実関係からすると、債務者等は右農道新設工事により債権者の本件土地部分に対する占有を妨害しているものといえよう。

しかしながら、一般に占有に対する妨害があった場合においても、これに対し常に妨害排除請求権を認容すべきものと解すべきではなく、占有権に基く妨害排除請求が私権の本質たる社会性公共性を無視した過当な請求と認められる場合にはこれを否定するのが相当と考える。

右のような見地に立って本件を見るに、本件各疎明ならびに審尋の結果によると、債権者の占有が妨害されている本件土地部分は本件山林の僅少な部分であるにすぎず、かつ本件土地部分には採堀すべき岩石は存在せず、右岩石は専ら右部分の上方に埋蔵されていること、本件土地部分は前記のように債権者の採堀する岩石の落下場所、ならびに砕石、運搬場所として債権者の採石業にとってかなり重要な区域であるが、本件土地部分以外で砕石すること及び舟積み以外の方法で運搬することも可能であること、本件土地部分に農道が建設されると、債権者は危険予防のため本件山林内での火薬類の使用が制限され、採堀に不便を生ずることは十分考えられるけれども、元来広島県知事から債権者に与えられた本件山林内での火薬類消費許可(火薬類使用に際しては知事の許可を要する)には下蒲刈町に農道新設工事が行われていることを考慮し、(1)農道新設工事の開始に当っては造設道路上に発破による転石、飛石がないよう特に注意し、その虞れある場合には、適切な措置を講ずること、(2)農道新設工事中は採石現場に膚接する造設道路上に作業者等が所在する場合には発破を行わないこと、(3)農道完成後においては右(1)(2)に準ずる他特に発破現場をはさむ道路の両地点に警戒人を二人以上置き警戒にあてることを条件として与えられたものであること、債権者は本件山林内で採堀するにつき必ずしも火薬類を使用せねば行いえないものではなく、作業能率は低下するも、梃等を使用して採堀することも不可能ではないこと、他方、債務者下蒲刈町の本件農道新設工事は従来極めて交通不便であった同町住吉地区と大地蔵地区とを結ぶものであり、住民の要望に基づき、国及び県から多額の補助金の交付を受け、右農道貫通区域に該当する土地所有者からは右各土地の無償提供を受けて行われているもので、右農道完成の際には住民において通学、通勤、農産物の出荷等に多大な利便を享受するものであること、債務者下蒲刈町において右工事のため、昭和三八年度分工事費として金一五、四四五、〇〇〇円、同三九年度分工事費として約金一九、〇〇〇、〇〇〇円の巨費を支出し、現在、既に、住吉地区から海岸沿いに約一、五〇〇米余りの長さに亘って、コンクリート舗装の農道が建設されていること、右工事が本件土地部分の個所で中止せられることになると、住吉地区と大地蔵地区とを連絡しようという本来の目的が達成されず、既に建設された前記道路部分の効用も殆んど無為に帰し、その社会、経済上の損失は極めて大きいこと、が一応認められるところである。

以上のような、当事者双方に存する諸事情を比較検討すると、債権者が債務者等に対し、本件工事による占有の妨害につき不法行為等による損害賠償を請求するのであれば格別、占有妨害排除請求として、本件土地部分に存する農道の撤去、ないし本件工事の続行禁止を請求することは、権利の濫用として許されないものと解するのを相当とする。

そうすると、債権者の本件仮処分申請は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないから、いずれもこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 熊佐義里 裁判官 西内英二 反町宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例